eSC
先週末、ロンドンで開催された電動スクーターのレースe-Skootr Championship(eSC) のニュースを見ました。
最近、東京でもレンタルタイプの電動スクーターを見かけるようになりましたが、形は同じですが、このレース仕様のスクーターは時速100キロ以上のスピードが出るんだそうです。
初戦のロンドン大会から、スイス、イタリア、フランス、スペインとアメリカでのレースが開催されるようですが、レースに参加している選手達はスキーやBMXやスノボの経験者が多いようですが、新しいジャンルの競技ですから、誰が初代チャンピオンになるのか?楽しみです。
この写真のように、ライダー?たちのスタンスはスノボとかにも通じる所がありますので、スノボやスキーの選手達に有利かも知れませんね。
電動ですので、音もそれほど気にならないので、市街地でのレースにも向いているでしょうし、一度レースを見に行きたくなりました。
無事帰国しました
昨日は14時間のフライトと書いてしまいましたが、正確には13時間43分で、7710マイルの旅でした
とは言え、長いフライトには違いありません。 去年イギリスから日本に戻ったフライトの記録をチエックしてみたら、飛行お時間は11時間45分で、飛行距離は6184マイルに比べると飛行時間で2時間。距離ですと1526マイルも遠回りしている計算です。
この1500マイルの飛行距離は、東京からグアムまでの距離とほぼ同じですから、航空会社にとってのコスト増は大きいですね。
今回はJALの44便で帰国しましたが、日本からイギリスに向かう43便は北極圏を飛行するルートで、昨日運行されたデータを見ると飛行時間は14時間27分だったようです。 飛行距離は7721マイルで大差は無いものの、やはり風の影響なんでしょうか、、
蛇足ですが、羽田空港に到着して、お決まりの空港検疫のテストを受け、結果を受け取り、入国できるようになるまで2時間かかりました。 14時間近いフライトの後の2時間はすごく長く感じました。
14時間のフライト
機内WiFiに無事接続ができてます。
現在は丁度中国の領空に入るあたりを飛んでいるようです。残り3時間ほどで2500キロほどのフライトが残っています。
ロンドンを出発して、オランダ、ドイツ、オーストリアを横切って、ハンガリーからトルコに抜けてカザフキスタンからモンゴル上空から中国から韓国上空を経て予定ですと日本時間の17:30頃の到着のようです。
欧州便はロシア領空のフライトが中止になって北極圏を飛ぶ16時間近い運行がされていたようですが、日本から欧州には北極圏のフライト、帰国便は今日のようにヨーロッパを横切り、アジアを抜けるルートが追い風をうまく使えるんようです。
フライトマップを見ていると、ブダペストや、ブカレスト、アンカラなどの都市の近くを通過するのですが、地上で移動する事もできそうなルートですね。以前テレビの番組でイアンマクレガーがバイクで同様なルートを走行してベトナムあたりまで行った様子のドキュメンタリーがありましたが、一度チャレンジしてみたいですね。。流石にバイクは厳しいかも知れませんが、、、
肝心のフライトですが、土曜出発と言う事もあるかも知れませんが、ヒースロー空港もコロナ前の賑わいですし、この便の乗客数も満席とは言えませんが、以前のように戻っているような感じです。 ゲートはこんな感じでした。
さて、あと3時間の辛抱。。帰国後は空港検疫のテストやらがあるとは思いますが、事前にワクチン接種の証明書や出発前に義務されているコロナ検査の結果もアプリにアップロードしてますので、比較的スムースに出れるかと??
とにかく、空港検疫の用意する隔離ホテルに行かないで済むだけありがたいです。
今晩、移動
今日の夜の便で日本に帰国しますが、ロシア領空を通過できませんので、ヨーロッパを横切り、黒海の南から中央アジアの上空、中国領空を経由して日本海から戻るルートのようです。
機内WiFiが使えるようでしたら、機内から様子を投稿したいと思いますが、通信衛星とのリンクがどのぐらい安定しているのかも解りませんので、あまり期待せずにお待ちください。
昨晩は打ち合わせがあり、アイルランドのダブリンに滞在しました。訪問先では日本とは違い、マスクをしている方はほぼゼロでして、市内では、これから観光にも良い時期を迎えるホテルや飲食店のスタッフも明るい表情でした、、
この写真はダブリンの中心を流れるRiver LiffeyにかかるアイリッシュハープがモチーフとなっているSamuel Beckett Bridgeです。 橋のこちら側には金融関係の会社が集まっていて、Financial Districtと呼ばれていますが、ダブリン港ができた頃はこのあたりが港の中心だったそうです。
今晩の移動は15時間以上のフライトになりそうですが、1800年代にダブリンからアジアに向かう大航海時代は、数ヶ月の旅だったと思うと、どうって事はありませんね。
先日のタイタニック号の誕生背景にあった移民の増加や現在の地政的な状況の変化が障害になったりビジネスチャンスになったりするのを思うと、今後どんな世界になるのか? 思いながら、ギネスをいただきました!!
TITANIC
皆さんあまりご存じ無いかと思いますが、悲劇の豪華客船、タイタニック号は北アイルランドのベルファーストの造船所で作られました。
1910年ごろのベルファーストは、造船の為のインフラが整備されており、当時最先端の造船技術を持っていたそうです。
建造当時、ヨーロッパ各国からアメリカへの移民が急増し、その需要に応えるために当時としても前例のないような巨大客船が建造されたようですが、タイタニックと同じ設計のオリンピックなどのクラスの船を作る為に、特別な製造ラインを構築しただけで無く、新しい技術を取り入れ、当時の技術が展示を通して解りやすく解説されていました。
処女航海だったイギリスからニューヨークに向かうタイタニック号の運命は皆さんご存じの通りですが、建造されたベルファーストには立派な博物館があり、地元の歴史から始まり、実際の造船所の様子や、当時のタイタニック号の様子がうかがえる内容の展示物があり、年間を通して観光客が訪れるスポットです。
先日、ベルファーストに行く機会があり、見学をして来ましたが、内容が面白く気が付いたら2時間半も滞在してしまいました。
建物は実際のタイタニック号の舳先と同じ大きさで再現されていて、隣接する造船所のレイアウトから実際の大きさも見ることができる素晴らしいスペースでした。 なかなかベルファーストまで行く事は無いかと思いますが、アイルランドに行かれる予定があれば、ぜひ予定に入れられる事をお勧めします。