2013.03.12
咸臨丸
打ち合わせに行った建物の前にこんなプレートがありました。
KANRIN MARUとありますが、咸臨丸の事です。 調べてみると3月17日に初めてこのサンフランシスコに入港したそうで、2010年に150年を記念して設置されたプレートのようです。 咸臨丸は木造の蒸気船ですが、蒸気機関は入出港の時に使うだけでそれ以外は抵抗になるスクリューは水面上に上げて帆船として航海をしたそうです。
1860年の航海は勝海舟が船長として指揮を取ったとされていますが、速度6ノットですから時速10キロ程のスピードで太平洋を渡って来たわけですね。 その約100年後に小型ヨットで単独太平洋横断した堀江謙一さんが到着したのもこのサンフランシスコでしたが、何故か自宅にその堀江さんのマーメード号のプラモデルがあったのを覚えています。
咸臨丸もそうですが、このサンフランシスコと言う場所は我々日本人に取ってアメリカの窓口としての関係が深いですね。1954年2月に日本航空が初めて太平洋航路を開設した時も、東京ーサンフランシスコ便が最初でした。DC-6Bと言うプロペラ機ですから途中ウェーキー島、ホノルル経由で30時間かけてのフライトだったそうです。